あまり知られていない兄のサラリーマン時代 Part 1
兄には、あまり知られていないサラリーマン時代があります。
今では「カフェ」と言えばどこにでもあり、スターバックスをはじめ海外からのカフェ文化も すっかり日本に根付いています。でも、あの当時はまだ、イタリアンカフェやおしゃれな レストランと言えば、青山、乃木坂、外苑前あたりに行かなければ味わえない、 ちょっと特別で最先端の場所でした。
バブル時代の空気がまだ華やかだった頃、「なんとなく、クリスタル」にも出てくるような、 あの時代ならではのおしゃれで先端的な世界。その中で、金子社長が広げていた アルファキュービック、レノマ、カプッチョ、リトルバロッコ、タバックなどは、 まさにそんな時代を象徴するような場所だったと思います。
その系列にはスーパーマーケットもあり、鎌田に「京友マート」というお店がありました。
金子社長と兄がどのような経緯で知り合ったのか、私は聞いたことがないので 詳しいことはわかりません。ただ、金子社長に紹介され、兄は京友マートで働くことになりました。 そして、なぜか私までアルバイトとして雇っていただくことになったのです。
兄と一緒に、毎日鶴ヶ峰から鎌田まで通った日々は、今でも忘れられません。 兄も私も、スーパーの店員として一生懸命働きました。 正直、二人とも少し浮いていたかもしれませんけどね(笑)。
その後、兄も私もカプッチョで働くことになりました。
そこで出会った方々を、少しだけ紹介したいと思います。 山岸専務、キャプテンの禎子さん、南里さん、中川さん、私、そして兄。 私にとっては、まさに黄金のメンバーでした。
禎子さん、南里さん、中川さんは、兄の最後に桝井さんが開いてくださった 「さよならライブ」にも来てくださいました。 とてもありがたく、今でも忘れられないことのひとつです。
乃木坂のカプッチョ系列のお店は、もうずいぶん前になくなってしまいました。 それでも振り返ると、あそこは本当にオリジナルなおしゃれカフェだったのだなと、 懐かしく思います。
当時「アメリカンケーキ」と言われていた大きなサイズのケーキもありました。 今、私はアメリカに住んでいますが、やっぱり日本のケーキの繊細なおいしさとは 全然違います。あの頃食べたケーキは、本当においしかったです。
兄はあまりケーキ党ではありませんでしたが、おしゃれなイタリアンのような料理は、 なかなか上手に作っていました。もともと手先が丁寧な人だったのです。
その頃の兄は、もしかしたら仕事の関係もあったのかもしれませんが、 アルマーニやレノマの服を着ていて、とてもおしゃれでした。
兄のサラリーマン時代の話は、まだまだ続きます。 少しずつ思い出しながら、今日は Part 1 としてアップします。